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リハビリを始めて身体の動きにあらためて意識を向けてみると、普段よく行うような何気ない動作でも、身体は複雑に動いていることに気が付きます。
例えば「椅子から立ち上がる」時にはまず、足の裏を床につけ、身体を前方へ傾けながらお尻を椅子から浮かせ、足で床を押して身体を持ち上げます。その後、膝や股関節を伸ばしながら上体を起こし、立位の姿勢を整える、といった過程で成り立っています。
日常的な動作ですが、その中に、小さな動作が多く含まれているのです。
そのほかの動作でも同様に、何気ない動作でもその実、複数の動作が複雑に組み合わされています。
けれど私たちは、一つひとつの動きを細かく意識している訳ではありません。周囲の状況に合わせて、「無意識」のうちに動きを調整しています。
こうした「無意識の動作」は、日常生活をスムーズに行うためには欠かせません。
ところが、加齢や病気などによって身体の機能が変化すると、これまで無意識に出来ていた動作が難しくなったり、調整が必要になったりします。
先の「椅子から立ち上がる」動作でも、膝の痛みやふらつき、脳卒中後遺症による麻痺、感覚障害などがあると、さらに複雑になってきます。
そんな時、無意識の動作を見直して、身体がどのように動いていたのか知ることは、「以前と現在で身体はどう変化しているのか」「現在の自分は何で困っているのか」をより意識して把握していくための、一つの手がかりとなり得ます。
今回は無意識の動作を見直す手がかりの一つとして、動作を支えている仕組みのうちの「身体図式」「予測的姿勢調整」についてご紹介いたします。
私たちは、目をつむっていても、自分の手がどこにあるのか、どのように動いているのかを、ある程度把握することができます。鼻を触ろうと思えば、鏡を見なくても手を顔まで動かすことができます。
また、例えば狭い場所を通る際に、その幅をわざわざ測らなくても、肩をすぼめたり、身体の向きを変えたりしながら、自然と通り抜けることができます。
こうした調整ができるのは、私たちの脳が、自分の身体の大きさや形、各部位の位置関係に加えて、それぞれの部位がどのように、どのくらい動くのかといった情報を捉えているためです。
このような身体に関する情報を脳内で捉え、動作に活用する仕組みの一つを、「身体図式(ボディスキーマ)」といいます。
身体図式は、あえて意識しなくても姿勢を保ち、滑らかに身体を動かすための基盤として、重要な役割を担っています。また、ペンや眼鏡などの道具を、まるで自分の身体の一部であるかのように扱う際にも、身体図式が関係すると考えられています。
より具体的な例を挙げますと、例えば、四肢を失った方が、実際には存在しない手足に痛みやかゆみなどを感じる「幻肢痛」には、身体図式などの身体表象の仕組みが関係すると考えられています。
また、脳卒中などによって脳が損傷すると、身体や周囲の空間の捉え方に変化が生じることがあります。例えば、身体の片側やその周囲に気づきにくくなる「半側空間無視」や、自分の身体の一部を認識することが難しくなる「身体失認」などです。これらが生じると、身体図式が崩れてしまい、まっすぐ歩いているつもりでも歩けていない、といった症状が引き起こされます。
また、上記の例は、元々あった身体図式が、怪我や病気によって変化した例でもあります。
身体図式は、常に一定であるわけではありません。様々な出来事や経験によって変化します。
ただし、その変化は、幻肢痛や半側空間無視のように、生活上の困りごとにつながるものばかりではありません。意図的に身体の位置や周囲との距離を捉える感覚を学び直すことで、身体の動かし方や環境との関わり方が変化することもあります。
第50回近畿理学療法学術大会で西本らが報告した症例では、脳出血によって複数の高次脳機能障害を呈した77歳の女性に対し、身体図式の再構築を期待して、四つ這いや壁際歩行など、身体からさまざまな感覚情報を得られる運動を行いました。
その結果、自分の身体の位置や周囲の物との距離感を学習し、ふらつきに自ら気づいて修正できるようになるなどの変化が見られたと報告されています。
また、EMSという電気刺激を用いて、楽器やスポーツの熟練者の筋肉の動きを初心者に伝えることで、身体の動かし方を学習する技術があります。元々はリハビリから着想を得ている技術で、リハビリでも同様の考え方が用いられることがあります。これも、身体図式に変化を加えることで、これまでとは異なる身体の動かし方を学習する一例といえるでしょう。
簡単に自分の身体の位置感覚を試してみたい時には、目を閉じて片手を前に伸ばし、もう一方の手で同じ位置まで手を伸ばしてみます。目を開けたとき、両手の高さや位置がぴったり揃っているか確認してみましょう。 興味深い結果になるかもしれません。自分では同じ高さまで上げているつもりでも、実際には片方だけ低くなっていることがあります。
普段は意識することのない身体の位置や動きを、あらためて意識してみる。こうした小さな気づきが、自分の身体を知るきっかけになるかもしれません。
次にご紹介するのは、様々な動作に関わる「予測的姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustment:APA)」です。
身体を動かす時には、自分の身体が今どのような状態にあるのかを把握するだけでなく、これから行う動作に合わせて、あらかじめ姿勢を整える必要があります。
例えば、椅子から立ち上がる時には、いきなり身体を上へ持ち上げるのではなく、まず身体を前方へ傾けます。これから身体を持ち上げる動作に備えて、重心を移動させているためです。
こういった動作を始める前に、姿勢をあらかじめ調整する働きを「予測的姿勢制御」といいます。
また、姿勢制御に関わる要素をもう一つご紹介します。
私たちの身体は予測した動作に対して姿勢を調整するだけでなく、予想していなかった出来事によって、不意にバランスを崩した時にも、咄嗟に姿勢を立て直そうとします。
これを「反応的姿勢調整」といいます。
例えば、歩いている時につまずくと、とっさに足を前に出して転倒を防ごうとすることがあります。これは、バランスを崩した後に、その状況に応じて身体を反応させているのです。
起こることを予測して動作の前に準備するのが「予測的姿勢調整」、バランスを崩した後に咄嗟に立て直すのが「反応的姿勢調整」です。
これらの調整には、さまざまな感覚から得られる情報が関係しています。
例えば「視覚」、頭の動きや重力の方向などを捉える「前庭感覚」、そして地面に触れている足裏の感覚といった皮膚感覚や、関節や筋肉などの身体の深部の感覚から成る「体性感覚」などです。
ですが、脳卒中後遺症などによって上記の感覚に障害が生じていたり、筋力低下や身体の震え、麻痺などの影響があったりすると、無意識の姿勢調整機能がうまく働かなくなることがあります。
その結果、動作を始める前に充分な準備ができず、立ち上がりや歩き始めにふらついたり、バランスを崩した際に足を出すことが遅れたりする場合があります。
これらの姿勢調整は、基本的には無意識に行われるものですが、身体を動かそうとする意識や、運動に対する恐怖心などが影響することも分かっています。一方で、リハビリを通して、こうした姿勢調整の働きを再び高めていくことも可能だと考えられています。
無意識に行われる身体の働きだからこそ、その仕組みを知り、身体の状態に合わせて練習することが、動作の改善につながる場合があります。
私たちが普段何気なく行っている「立つ」「歩く」「手を伸ばす」といった動作にも、実は自然と周囲と自分の身体の位置関係を把握したり、これから起こる動きを予測したり、必要に応じて姿勢を調整したり、といった様々な仕組みが関わっています。
簡単なように見えて、私たちは普段から、とても高度なことを自然に行っていると言えるかもしれません。
それ故に、身体の機能が変化すると、これまで簡単に出来ると思っていた動作を、難しく感じて、もどかしい思いをすることがあります。
だからこそ、自然な動きを保つこと、あるいは取り戻していくことは、安心して日常生活を送るための重要です。
身体図式の章でもご紹介したように、身体の捉え方や動きは、感覚や経験を通して変化していくことがあります。「以前のようにはもうできない」と諦めるのではなく、身体の状態に合わせてリハビリを行うことで、新たな動きを再構築していく可能性がきっと拓けていきます。
もちろん、こうした動作の変化には、筋力や関節の動き、視覚、感覚機能など、さまざまな要因が関係します。そのため、特定の変化だけで原因を判断することはできません。
だからこそリハビリでは、単に「できる・できない」だけを見るのではなく、どのような動作を、どのように行っているのかを丁寧に確認することが重要です。一つひとつの動きを見直すことで、その方に合ったリハビリの方法を考える手がかりになります。
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参考
「脳内の身体図式「ボディスキーマ」を鍛える。手と指の感覚を目覚めさせる新習慣とは?」(NABOSO https://naboso.jp/blog/improving-body-schema-through-tactile-remapping/?srsltid=AfmBOortw4SFCvj4pB9D0VpGQEJixU8rkFH9zd_MvCeM5g73npsGN1CX 閲覧日2026/8/19)
「身体図式」(石田裕昭 脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%BA%AB%E4%BD%93%E5%9B%B3%E5%BC%8F 閲覧日2026/8/19)
「身体図式と姿勢制御 —OrientationとStabilityからAPAまで」(NEUROスタジオ https://www.ilneurostudio.com/3435/ 閲覧日2026/8/19)
「身体図式の再構築により移動動作改善に至った症例に対する一考察」(*西本 直起, 松本 愛子(ST), 犬飼 康人, 稲村 一浩 第50回近畿理学療法学術大会 https://doi.org/10.14902/kinkipt.2010.0.118.0)
「電気刺激による効率的な運動学習で 人間の可能性を拡げる筋肉インタフェース技術」(NTT技術ジャーナル https://journal.ntt.co.jp/article/19169 閲覧日2026/8/22)
「中枢神経系障害の姿勢制御機構に対するアプローチ」(佐藤博志 理学療法科学 22(3):331–339,2007 閲覧日2026/8/21)
「リーチ動作を支える予測的姿勢調節(APA)|運動連鎖の神経基盤」(NEUROスタジオ https://www.ilneurostudio.com/2095/#4-%E9%80%A3%E9%8E%96%E3%81%AE%E5%8F%B8%E4%BB%A4%E5%A1%94%EF%BC%9Aapa%E3%82%92%E5%8F%B8%E3%82%8B%E8%84%B3%E5%86%85%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BD%B9%E5%89%B2 閲覧日2026/8/22)
「慢性腰痛者における運動恐怖は予測的姿勢制御を乱してふらつきの原因になる~畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター」(畿央大学 https://www.kio.ac.jp/topics_press/77962/ 閲覧日2026/8/22)